弟弟子にもあたる武豊との死闘は、まさに劇的で興奮度の高いレースでした。

ベストレース

河内洋氏のキャリアの中でも、ベストレースと言えるのが2000年の日本ダービーです。
ダービーを制することは競馬関係者に共通した夢と目標でもあり、それは河内騎手もデビュー当時から変わりはありませんでした。

 

2000年にキャリア27年目にして悲願のダービー初制覇をします。
その内容が弟弟子にもあたる武豊との死闘だったこともあり、まさに劇的で興奮度の高いレースでした。

 

 

レース前の背景

2000年の日本ダービーの有力馬は武豊騎手が騎乗する皐月賞馬でもあるエアシャカールでした。
武豊騎手は前年まで2連覇をしていて、史上初の3連覇をかけて望んだダービーでもありました。
ちなみにこの当時は武豊騎手は全盛期真っ只中でもありました。

 

レース画像

それに対抗するのが27年目のベテランでダービー初制覇を目指す河内洋騎手騎乗のアグネスフライトでした。
アグネス一族と縁が深く、母アグネスフローラ、祖母アグレスレディーに続く母子3代に渡るクラシック制覇もかかっていました。

 

弥生賞(2着)をひと叩きして挑んだ皐月賞を快勝し王道のダービーロードを歩んできたエアシャカールに対して、アグネスフライトは綱渡りとも言えるキャリアでダービーへ駒を進めてきました。

 

一族の宿命ともいえる脚部不安のためデビューが遅れて、同年2月がデビュー戦で2戦目の若葉Sを惨敗したことで窮地に追い込まれます。
ダービー出場が危ぶまれた中で若草S、京都新聞杯を連勝してギリギリでダービーの切符を手に入れました。

 

なお1番人気はエアシャカールでアグネスフライトは直近2走の好走が評価されて3番人気に推されていました。

 

ただし、前評判ではエアシャカーレとダイタクリーヴァの2強と評されていました。

 

 

レース内容

複数の先行馬が激しいポジション争いをしてハイペースで進んだレースは縦長の隊列でした。
エアシャカールは馬群後方の後ろから3~4番手あたり、アグネスフライトはシンガリ(最後尾)からのレースでした。

 

両馬は3コーナー過ぎから相次いで進出を開始し、直線に入り最初に抜け出したのはエアシャカーレでした。
すでに歴代最強騎手とも呼ばれていた武豊騎手は完璧なレース運びをしていたと評価できます。

 

しかしさらに大外を回ったアグネスフライトが猛追して、意地をかけた歴史に残る追い比べがスタートします。
激しい攻防を経てゴール直前にハナ差で差し切ったアグネスフライトが勝利
エアシャカールは同タイムの2着で決着しました。

 

普段は感情を表に出さない河内洋騎手ですが、このときは思いっきりガッツポーズをしてウイニングランでは、スタンドから大歓声の河内コールが起こりました。