メジロブライトはハイレベルな中央競馬全盛期に活躍したので現在でも高い知名度を持ちます。

メジロブライト

メジロブライトはメジロドーベルと並ぶメジロライアンの代表産駒で90年代後半に活躍しました。
クラシック戦線では惨敗が続いた中で河内洋への乗り替わりをキッカケにブレイクしました。
デビューから主戦騎手を務めていた松永幹夫は1997年のステイヤーズステークスでワールドスーパージョッキーシリーズに参戦するために河内への乗り替わりがありました。

 

当初は1戦のみの代打の予定でしたが、2着に1.8秒の大差をつける圧勝と抜群の折り合いを見せる好騎乗を見せたことで、それ以降は河内洋が主戦騎手になり、1999年の有馬記念まで騎乗を続けます。
有馬記念後に父のメジロライアンと同様に屈腱炎を発症し長期休養に入り、復帰戦では状態の悪さから石橋守騎手が騎乗します。
復帰戦で再度屈腱炎を再発し、そのまま引退して種牡馬になりました。

 

メジロブライトの概要

メジロブライトの写真

父:メジロライアン
母:レールデユタン

 

生誕:1994年4月19日
生涯成績:25戦8勝
獲得賞金:8億3258万7000円

 

競走成績
日付 レース名 着順 騎手
2000/10/08 京都大賞典(G2) 8着 石橋守
1999/12/26 有馬記念(G1) 5着 河内洋
1999/10/31 天皇賞(秋)(G1) 11着 河内洋
1999/10/10 京都大賞典(G2) 2着 河内洋
1999/05/02 天皇賞(春)(G1) 2着 河内洋
1999/03/21 阪神大賞典(G2) 2着 河内洋
1999/01/24 日経新春杯(G2) 1着 河内洋
1998/12/27 有馬記念(G1) 2着 河内洋
1998/11/01 天皇賞(秋)(G1) 5着 河内洋
1998/10/11 京都大賞典(G2) 2着 河内洋
1998/07/12 宝塚記念(G1) 11着 河内洋
1998/05/03 天皇賞(春)(G1) 1着 河内洋雄
1998/03/22 阪神大賞典(G2) 1着 河内洋
1998/01/25 アメリカジョッキーC(G2) 1着 河内洋
1997/11/29 ステイヤーズS(G2) 1着 河内洋
1997/11/02 菊花賞(G1) 3着 松永幹夫
1997/10/12 京都新聞杯(G2) 3着 松永幹夫
1997/06/01 東京優駿(G1) 3着 松永幹夫
1997/04/13 皐月賞(G1) 4着 松永幹夫
1997/03/16 フジTVスプリングS(G2) 2着 松永幹夫
1997/02/09 共同通信杯4歳S(G3) 1着 松永幹夫
1996/12/21 ラジオたんぱ杯3歳S(G3) 1着 松永幹夫
1996/10/19 デイリー杯3歳S(G2) 2着 松永幹夫
1996/09/22 すずらん賞(OP) 2着 横山賀一
1996/08/31 3歳新馬 1着 千田輝彦

 

種牡馬としての成績

種付数:86頭
産駒勝利数:28勝
産駒重賞成績:1勝(2007年マキハタサイボーグ)

 

 

メジロブライトが名馬と呼ばれる理由

メジロブライトはG1で1勝しかしていないので歴史に残る名馬と呼べる成績ではありません。
引退してから18年以上経過した現在でも高い知名度を持つ要因は、ハイレベルな中央競馬全盛期に活躍したからです。
同時期に活躍した馬には、グラスワンダー、サイレンススズカ、マチカネフクキタル、ステイゴールドなどがいました。

 

スタートが苦手でスピードがないためロングスパートに頼るしかない状況の中でライバルと互角の勝負を繰り広げたことで記憶に残る名馬になりました。
ライバルに対して不利な脚質の中で、偶然による河内洋への乗り替わりがなければ、ハイレベルな時代に埋もれた平凡な馬で終わっていたかもしれません。