最大のライバルとして、80年代の関西を代表する田原成貴騎手が挙げられます。

ライバル騎手

河内洋元ジョッキーの現役時代のライバルは次の方がいます。

 

  • 武邦彦(1957-1984)
  • 田原成貴(1978-1998)
  • 岡部幸雄(1967-2005)
  • 武豊(1987-現役)

 

 

武邦彦との師弟関係

河内洋氏は武田厩舎に入門し、騎手免許を取得して間もない頃に当時関西のトップジョッキーだった武邦彦氏が武田厩舎に移籍したことで兄弟子の存在になりました。
河内騎手はデビュー直後から結果を出してスピード出世を遂げましたが、その背景には武邦彦騎手から学んだことも多かったのは有名な話です。
目標にしていた存在でもあり、先行を得意にする武邦彦を超えるには、差し、追い込みで活路を見出すしかないと判断して、後ろからの競馬が得意になった経緯もあります。なお、武邦彦元騎手は武豊の父にあたります。

 

 

最大のライバルは田原成貴

80年代の関西を代表する騎手で、河内洋本人もライバルで田原騎手の名前をあげることが多かったです。
性格、騎乗ともに冷静かつ堅実な河内と、破天荒、派手さを売りにした田原は両極端な騎乗スタイルということもあり、お互いにライバル視していました。

 

馬

河内騎手が最初にリーディングジョッキーを獲得したのは1980年、田原騎手は1982.1983年と2年連続でリーディングジョッキーを獲得し、1985、1986年は河内騎手が再度奪還するなど、全国で見ても80年代前半は2強と呼べる存在でした。

 

騎乗スタイルの違いはありましたが、河内騎手は当時「刺激を受けるのは田原」と述べていて、対する田原も「河内さんがいなかったら今の自分はいなかった」とお互いを認める存在でした。

 

 

全ての現役期間を共存した岡部幸雄

知名度で言えば河内元ジョッキー以上かもしれません。
現役生活も長く、河内洋の現役生活をすべて共存した貴重な存在です。
一時期は関東の岡部、関西の河内と呼ばれていた時代もありました。
それぞれ後輩の指導にも積極的で中央競馬の発展を牽引してきた実績は今でも高く評価されています。

 

 

河内騎手を超えた弟弟子の武豊

歴代最多勝利記録を持つ武豊は河内洋の弟弟子にもあたり、武豊が若手の頃は河内騎手を見本にしていたことは有名な話です。
親子に渡って河内氏とライバル関係になったのも縁を感じます。
オグリキャップ全盛期時代からスーパークリークに騎乗していた武豊はライバル関係になり、2000年の日本ダービーの師弟対決は歴史に残る名勝負として今でも語り継がれています。

名勝負!2000年東京ダービー